福岡地方裁判所 昭和33年(わ)587号 判決 1959年4月25日
被告人 安藤長太郎
明三二・七・一生 鮮魚運搬業
主文
被告人を懲役十月に処する。
未決勾留日数中七十日を右本刑に算入する。
第五安栄丸及びその附属品六点の換価代金二十五万円は被告人から没収する。
訴訟費用中、国選弁護人、通訳人藤村憲太郎、同青木実、同小西昇及び証人川畑宗雄に支給の分は被告人の負担とする。
本件公訴事実中、不法出国の点は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
いずれも韓国人であつて日本の国籍を有しないところの李宗仁、文鐘六、鄭ちゆう春、梁貞順、姜春花、姜貞子、朱洛中、文幸雄、梁隆大、洪基杢、金之玉が、有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく、本邦に密入国を企て、昭和三十三年五月二十三日の前頃に韓国釜山附近海岸を出発し、対馬附近海上を通つて航行し、同年五月二十四日夕刻、博多港北方の本邦外海域より同港に入港し福岡市須崎浜町海岸に上陸して、以て不法に本邦に入るにあたり、被告人は右の者等が右の如く密入国するものであることの情を知りながら、同人等が乗つている第五安栄丸(約十二トン)を運転操縦して、右日時頃博多港北方の前示海域より同港に入港し、福岡市前記海岸に同船を接岸させ、同人等の前示上陸を容易にして、以て同人等の密入国の犯行を幇助したものである。
(右事実認定の証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも出入国管理令第七十条第一号、第三条、刑法第六十二条第一項、第六十五条第一項に該当するところ、一個の行為が数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五十四条第一項前段第十条により犯情最も重いと認める李宗仁に対する密入国幇助の一罪として処断すべく、所定刑中懲役を選択し、同法第六十三条、第六十八条第三号によつて従犯の減軽をした刑期範囲内において被告人を懲役十月に処する。未決勾留日数の通算につき同法第二十一条を、没収につき出入国管理令第七十八条第一項を、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を各適用する。
(一部無罪の判断)
本件公訴事実中、被告人が川畑宗雄と共謀の上、旅券に出国の認印を受けることなく、昭和三十三年五月二十二日夕刻、長崎県上県郡鹿見附近の海岸より自己所有の鮮魚運搬船第五安栄丸にて韓国におもむく意図をもつて出航し、同日夜半、同国釜山影島附近海岸に到着し、以て本邦より不法に出国したとの点は、被告人が右日時頃川畑宗雄と共謀して外国におもむく意図で右鹿見附近海岸より出航した事実を認めるに十分な証拠がないから、(右同日夜半頃被告人が韓国釜山附近海岸に到着した事実を認定し得る確かな証拠も存しない。)刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をする。
(弁護人の密入国幇助不成立の主張に対する当裁判所の見解)
弁護人は、当裁判所が前示のとおり有罪と判断した被告人の密入国幇助の訴因に関し、判示密入国者等は、いずれも判示の日の数日前頃に韓国釜山方面より対馬に渡航上陸していたものであつて、同人等の密入国の犯行は本邦に属する右対馬に上陸の際既に成立しており、被告人は自己の運転操縦する第五安栄丸にて右密入国者等を対馬の西海岸である長崎県上県郡鹿見附近海岸より博多港まで運送し、判示日時頃福岡市海岸に上陸させたものであつて、正に右密入国の既遂後に同人等が本邦内で移動する行為につき便宜を与えたに過ぎないから、被告人の本件行為は密入国幇助罪を構成するいわれがないと、主張するので、この点に関する当裁判所の見解を述べる。
出入国管理令第七十条第一号所定の密入国罪は、日本の国籍を有しない外国人が、その犯意をもつて、有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく本邦外より本邦領域内に一歩踏み込む瞬間において、その実行の着手あり且つ既遂に達する犯罪であつて、右密入国地点に至る経路、出発の地点が何処であるかは、すべて犯罪構成要件にあたる事実には含まれないところの、いわゆる事情に過ぎない事柄である。本件の場合、判示密入国者等が博多港外の本邦外水域より判示の如く本邦領域内に入つた時において、判示密入国本犯が成立し、且つその時において本件幇助犯も亦着手あり既遂に達したものと見るべきである。
従つて、本件密入国本犯等が韓国釜山附近より公海上を通つて直接博多港に至つたか、或いは途中一旦対馬西海岸の鹿見附近に上陸したか、又は対馬東海岸の乗越港に碇泊した事実があるかは、いずれにしても、そのこと自体本件犯罪の成否を動かすことにはならないと考える。
勿論、密入国を企てた者が、一旦本邦領域内に侵入した後、更に同所から本邦外水域に出て渡航し再び他の本邦領域に入る場合において、客観的には密入国行為と見られる右第二次的入国行為についてその態様上行為者の犯意を全く認め難い場合のあり得ることを否定はしないが、本件において判示入国の際各本犯が密入国の犯意を有していたことは前顕諸証拠によつて十分認定できるところであつて、被告人においても右本犯が密入国することの情を知悉しながらその幇助を敢行したことが判示の如く認められる以上、弁護人の右主張は採用し難いところである。
本件と類似の案件において、密入国者が一旦日本領有の島嶼である対馬に到達すればその時に密入国犯は既遂となり事後右密入国者を同島から下関附近まで運んだとしても別に密入国幇助罪の成立する余地はないとの判断を示した裁判例があるが、行為者の犯意の有無を論ずることなく、一概に右の如く断案することは、当裁判所のとらないところである。
(裁判官 安倍正三)